前略でやんす。
ただ今、5月10日朝の6時でやんす。 昨晩の所長さん晩御飯食べて、麦酒のんで早々
に撃沈。 ゆれる頭で、「おはよう~」とアッシの頭をポーンと叩いたでやんす。
眠いちゅーねん。
そんな昨晩の中華料理は、久々にヒットの中華料理だったそうでやんす。
一口に中華料理といいやしても、四川・広東や何を根拠にか知りやせんが高級中華料理
なんてものもあるそうでやんすが、 所長さんが最高と思い込んでいる
中華料理とは、昭和の大阪でよく見られた町の中華料理屋さんで
ソコはカウンターで7~8人詰めれば10人座れ、たまに4人掛けテーブルが2~3あり
壁にはビール会社の美人女子ポスターが貼ってあり、ビアジョッキ片手に最高の笑顔を
振りまいておりやすが、ポスターは何年もそのままで油で変色・・・
ビールやジュースを飲むコップには、アサヒやミツヤサイダーの飲料会社の名前入りでありやすが
名前の部分は、長年の使用で擦り切れており 床はチョイト油ですべるような店舗。
登場する、中華名人
太めの親父さんは、いつも額に汗を浮かせながら
カッツン
カッツン
と黒光りした中華鍋とおたまで、下町交響曲チュウーカの3番ヘ長調
を
奏でており、その中華鍋の中でチャーハンや麻婆豆腐が楽しそうに踊ってるそうでやんす。
店に入ると「ヘッイ いらっしゃい」と、最近のチェーン企業一律ご挨拶とは違う
親父さんや店員さんの、その日の気分や時間帯によって変わる音色で迎えてくれたそうで
お昼は急がしく活気もあり「いらっしぃー」と張りのアル声で、そして俗に言うアイドルタイム
には、親父さんはカンターで決まってスポーツ新聞を読んでおり、店に入ると新聞から目を上げて
目尻にかすかな笑みを浮かべて、ゆっくり「いらっしゃい」と言いながらカウンターに向い
おもむろにコンロに火を入れて(コノ火が、デカイ!)、鍋を取り出し「さーどっからでも
かかってきーや」とばかりに、中華鍋にダーっと油を入れて準備完了。
そこに登場するは、サモハンキンポーのようなお兄ちゃん店員さんか、すこし若い菅井キンさんの
ような奥さんで、例のグラスに絶対水道水であるが、いちおう冷水用ポットに移し変えた水を入れて「なにしましょ」と、新聞のチラシやカレンダーをメモ用に四角く切った紙の束を手に持ち
きてくれたそうでやんす。
肝心の料理はといいやすと、野菜炒め・チャーハン・酢豚なんでも味の基本は同じで
濃い目の味付けに、皿に盛られた料理は全て基本こげ茶色の色調で
ゴハンも進む!ビールも進む!最高のおかずだったそうでやんす。 こんなお店が
中津や中崎町、阿倍野、天王寺、千日前等など 今でもあるでやんすが昭和には
たくさんあったそうでやんす。 個人的にコレが最高の中華と信じる、所長さん。
話は長くなりやしたが・・・、
昨晩はそんな雰囲気を少しだけ味わえるご近所の中華「平和園」
で美味しい料理をたらふくいただき、「あと、十年あのまま営業したら、
ええ店になるで~ッ」と 偉そうに評論していた所長さんでやんした「平和園」さん
失礼しましたでやんす、また美味しい中華よろしくでやんす
。